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うみをあるくえかきびと

小さな振り返りノートの積み重ねから気づいた大きなスケッチブック。今のところの考えをつれづれなるままに。

かながわ教育フェスティバル

今日はここで。
いつもありがたみを受け取っているので、
たまにはこういうイベントにも参加して恩返しをしないと。

個人的にも今日の講演は聞きに行きたいなーと思っていたし。
副島賢和さんのお話は去年に聞いて以来、2回目。
「受容はするが許容はしない」去年からこの言葉はずっと考え続けている。
今日もまたいい気づきがあった。

でも、こっからだなーと思う。気づいてから自分なりに落とし込んでいくためにはかなりの時間が必要。
その過程にいっぱい失敗がある。

「俺は普通の家にいれば、こんなにはならなかった!普通の家になってほしい。」
って最近、クラスの子どもが言ってた。
こういう言葉に僕はどう向き合うのか、もやもやしてたもののヒントをつかんだような。

個別化とかいろんなことを求められるものの、
システムはこうすればいいってものが見えてきたものの、
肝心の僕の考え方はどうなのか?
一番はここなんじゃないかって、
試行錯誤の2ヶ月間。この苦い時間はまだ続くけど、きっと大切。

そうそう、ビーイングって本当にすごいものだと、最近あらためてその価値を知りました。
個別の目標とサポート。
今日の言葉と合わせて
もう一回メモを見ながら、整理してます。

気づいてからが勝負

同じことを何度も言われるといやになる

これってありますよね。

自分でわかってるのに!!!って

それでいてわざと反抗的な態度をとってさらに怒られるという悪循環。

 

そういうのって実は自分で気づいているからなんですよね。

気づいていてもやめられない。

気づいているからこそ人に言われて腹が立つ。

そういうもんなんだと思います。

 

クラスの子を見ていてどうしたもんかな?って思っているときに

そうこんなの昔、学んだ気がするというのが

 

フィンランド式キッズスキル入門―実践例から学ぶ子育てストレスが軽くなるコツ (学研新書)
 

 

 

フィンランド式 キッズスキル―親子で楽しく問題解決!

フィンランド式 キッズスキル―親子で楽しく問題解決!

 

 この2つでした。

1つ目の本はちゃんと読んだけど、2つ目の本は買って読んだのかな?

図書館だったのかな?

 

問題をスキルの獲得に置き換え

それをサポートする場を作る

 

これって重要なことだと気づきました。

でも気づいただけ。これからが始まり、感情との葛藤ですね。

そして伝え続けられるかどうかもう少し自分の言葉に落とし込んでいきます。

 

それにしても

個人に対して

見えていることのフィードバック(ほめることもそうでないことも)・内省を流すリフレクション・直接意見が言えるように場づくりとサポート・

全体に対して

ほめることによるモデルの可視化・全体に対してルールやそれをしている時・そうでない時の感情の確認・成長をほめる

こんなことをしているのかな。今の僕は。

もっとやっていることもありそうだけど・・・

なんかいろんなことをしすぎている気がする。そして、それぞれが独立しているから筋が通らないのだ。

もう少しシンプルな言葉でまとめることができるように

毎日の振り返りは続く・・・

やり直せるならどこからか。

失敗してしまった時にここからやり直せと言われると

たぶん気が滅入るんですよね。

子供もきっとそう。やり直すことは大切なんだろうけど、じゃあそのやり直しどこからやるのか自分で問題の始まりを自覚できればいいと思うのです。

 

だから、「どこからやり直す?」と聞けることっていうのはすごく大切なんだろうなと思います。

それが明日からやり直すのか、もう一度今からやり直すのか

過去を再現し直して、やり直すのか。

自分で選べることが大切なんだろうなと思います。

 

もう一つはわがままを言いたくなる環境とそうでない環境。

そりゃなんでも「人にこれやれ」「あれやれ」って言われてたら、

俺の自由は、どこだー!!!!っていうことを言いたくなる。

でも、やらないってのはさらに怒られでダメなので、自由を作るためにどうするのかそれは課題を早く終わらせること。

そのために何をしたらよいのか。

相手が思っていること、してほしいことはなんなのか考えることが大切だなと思います。

クラスとはみんながいて、なかなか自分の思いが消されてしまうことが多いです。

 

みんなと同じことしてると、注意されないんですけどね(笑)

 

自分で突っ走って、人に迷惑かけたらダメですもんね(笑)

だからこそ、家や他のところでやることをやった上での自由を満喫できることっていうのが大切なんだろうなと思います。

 

もちろんその自由が迷惑になったら元も子もないので、ちゃんとみんなの同意を得てね。

みんなの同意って大切ですね。

 

先生の学校より

昨日は誘われて、講演を聞いてきた。
ただ何もせずに2時間話を聞くってけっこう久しぶりな気がする。

教育という世界を外から見ている人たちがどう思っているのか?
何を考えて仕事しているのか?
とかけっこう興味があった。

僕らが学校、学級、授業のシステムを考えるときに
ビジネスの世界は参考になる。

「ボランティアはし続けることが難しい。」
「ビジネスにしないと長続きしない。」

カンブリア宮殿の本を読んでいるときに出てきた言葉はいつも引っかかる。

いいことをしようって声をかけても、それはやはり自分に何らかの形で帰ってこないと達成感は生まれないのかもしれないなーって。
帰りの会なんかでいいところ見つけなんてしてても、いつのまにかしりつぼみになってしまうことはよくある(笑)

お金とスマホの話をしてくれたキングコングの西野さん。
確かにそうだなーと思うことも。それと同時に信用を可視化するというのは、シビアな世界だと。

でも、「時間がないから」と言って手放していたものを
形を変えて、もう一度取り戻してみようっていう気持ちになってきた。

 

振り返りジャーナルも形を変えて、もう一度やり始め。

もう一つ、ビー玉貯金というのも実はいいシステムだったのかもしれない。

これを子どもたちの手に返していけば、違った形で

サスティナブルなシステムが作れるのではという、妄想は膨らむ。

パラダイムシフト

9月に入って考えることは

当たり前に注目すること

できていないことではなく、できていることに注目すること。

これってとても難しい。そりゃできていないのをなんとかしたいっていう思いに駆られてしまうから。

でも、その人にフィードバックすることも

モデルを示すこともどちらもバランスよく必要なのであれば

後者の方をもっとぼくは意識していかなければならないなって思う。

 

フィードバックにモデルを示すっていうこともありか。書きながら整理されて来た。

学習とはマネからできていると考えると、

もっとモデルを見るという方向性に目を向ける必要がある。

 

これはとっても難しい。

今まで意識の薄かったところだから。

何度も僕もやり直しをしている。

学ぶとは一体なんだろう。

学ぶとはまねること

多くの見本になる人がいるということを見つける。

どん欲にまねること

そうやって学んでいくんだ。

 

だから、言葉による注意ではなく、まねる対象をたくさんつくる

「見本になろう」

「こうしたほうがいいよ」

「俺についてこい」と。

 

答えのないことってあるのだろうか?

実はクリエイティブなことって、まったく新しいことではなく、前にやっていたり、何かを足し合わせたり、引いたりすることでできているのではないだろうか?

学びとはいろいろな情報を集め、自分や必要とされるものに合うものをつくることなのではないだろうか?
自分に合う言葉だったり、行動だったり。

 

追記•答えとはきっと仮説をつくることかな。いまの僕の中で。

 

 

と、今日の頭の中を書いておきたくなった。

まだまだだなと思うこと。

今日から始まりました。

「キミのクラスはまだ、お互いの話を聞くってことが弱いよね」

「集中してたら動かないんだよ」

「姿勢とかも意識していった方がいいよ」

これは僕のクラスに対するフィードバックです。

どうしたらいいのだろう?

積極的にほめていったらいいのか?

そんな風に考えていることもあり、でも形式的になるのは嫌だ。

何を伝えていったらいいのだろう・・・

そんなことを考えます。

 

今日は「プロフェッショナル仕事の流儀」を見ながら

森保さんのあり方について考えました。

うん、僕はまだまだ対話の意識が弱かったなといい振り返りに

質問からの声のかけ方、タイミング、そして対話の終わり方

みんなでミスをカバーするという姿勢

自分の強みを意識することの大切さ

こんなことをもう一度考えて、また明日からリスタートです。

 

いいタイミングだったと思います。

まだまだ振り返りながら学ぶことがたくさん。

ゆっくりと振り返ります。