うみをあるくえかきびと

小さな振り返りノートの積み重ねから気づいた大きなスケッチブック。今のところの考えをつれづれなるままに。

何が手段で、何が目的か。

自立、勇気、チャレンジ、思いやり…

この時期学級目標を作りはじめるとこんな言葉が並びます。
「自立したクラス」を目指す。
こんな目標ができたとき、最近はこう思います。あらかじめ今の僕の見解なので、違うよーって思うこともあるかと思いますが。

自立って目的なんでしょうか?
自立した姿で何をしたいかが大切なのであって実は自立とは手段なのではないでしょうか?

自立とは自分自身で高められるように振り返られる。
振り返る時には理想の自分がいて、それに向かって進みます。
その理想のための手段が自立なのでは?

集中して何を成し遂げたいのか?
思いやりをもった行動で何を成し遂げたいのか?

自分ではなくどんな社会なのか?
例えば、自立した姿で行動すると他人を助けられて、ありがとうと多く言われる。
それだったら感謝の言葉が多いクラスという目的のために
自立を選ぶってことにならないか?

目標は集団としての目標であり、個人の自立はそのための手段。

なのかなーって。

まだこれは仮説段階。自立が目標。これは個人なのです。集団としての目標を大切に。
もやもやとはしてますが、今のところの僕の問いです。