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うみをあるくえかきびと

小さな振り返りノートの積み重ねから気づいた大きなスケッチブック。今のところの考えをつれづれなるままに。

文化を作る。

学級で行われていることって
本当に必要なのだろうか?

例えば、宿題
例えば、体育座り
例えば、敬語

こういったことについて考えるようになると
不思議と「文化」というものを考えるようになる。

先生への敬語
これは儒教の文化からきているもので
英語には敬語はほとんど存在しない。
いや、するけどほとんど使わない。
ALTの先生に実際にフィリピンで使うのか聞いてみても、答えはノーだった。

そもそも、キリスト教の教えてば「神以外の人類はすべて平等」という考えらしく
会社の社長だからといって敬語を使うことはないらしい。

日本にこれといった宗教はないけど、東アジアでは儒教の文化はとっても強いみたい。

「文化」を考えるときに「宗教」は結構欠かせないもののようだ。
孔子は、キリストは、もしくは釈迦は一体どんな文化を作りたかったのだろう?

違うようで同じことを見つけた時、
きっと本当に大切なものが見えてくるんだと思う。

こうして、人としての成熟は続いていく…

ま、あんまり宗教は信じていないので(笑)
でも、きっと子どもたちに伝えるからには自分が納得した解を持ちたいものです。