うみをあるくえかきびと

小さな振り返りノートの積み重ねから気づいた大きなスケッチブック。今のところの考えをつれづれなるままに。

結果を重視に考えると。

昨日テレビを見ていると
「教科書に乗せたい!」という番組の中で

ラグビー部の指導のことが映し出されていました。
自主性対スパルタ
どちらが正しいのか?

笑顔を大切に自主性を重んじる東福岡高校とスパルタ教育で花園を目指す筑紫高校の話でした。
結果的に、花園の切符を手にしたのは東福岡高校でしたが、
私立と公立という違いもあるし、一概に自主性が正しいと決めつけることができません。

教育に答えはないと言っていましたが、違和感が残りました。

「お尻をひっぱたいて伸ばしてあげる」
「強制の先に自主がある」
「じっと待っていることができる先生はすごい」
普通の公立学校を確かにあそこまで育てる方法はすごいのかもしれません。
きっとスパルタという表面に現れない何かがあるんじゃないかと思いました。
「自分で作戦を考えていた。恐ろしい」
子供の無限の可能性を感じる自主性も確かにすごく魅力的でした。


さて、そして今日テレビで今度はAKB48の選抜総選挙の模様が生放送されていました。
とあるメンバーがスピーチの中で言っていました。
「ランク付けされるから、次頑張ろうって思う」

競争をすることで個人個人が1年間努力し、グループ全体が成長してきたと考えるなら
なんだかその競争も悪くないのかと
それでいてグループ全体の雰囲気も表面上から見ていれば悪いわけではなさそうだし


大人になると個人やグループの中で競争は必ずあるもので
子供たちはその課題に必ず直面します。

僕はどこかでその競争を排除しようと考えていたのではないかと思います。
しかし、「強制」や「競争」にプラスの効果があるとするならば
それを見過ごしてはならないと思うし

これまでの主体的な学びや自主性という言葉とともに
折衷案を探していかなければならないのかなと思いました。

一言にチームだからと
言ってみんななかよく、みんなでできるとか
片づけてはいけないようなそんな感じです。


結果と過程。どちらも追い求めるのは難しいことだな〜と感じます。