うみをあるくえかきびと

小さな振り返りノートの積み重ねから気づいた大きなスケッチブック。今のところの考えをつれづれなるままに。

何のために話し合うのか?

最近思っていることをたまには書いてみたいと思います。

いろいろな研究で授業で子どもたちの活動を増やし
そして、もっとも子どもたちが発言すること。それは、話し合いです。

学び合いとかでもこの活動がおそらくメインですよね。


しかし、その話し合いは本当に「話し合って」いるのでしょうか?
「おしゃべり」にはなっていないでしょうか?


「おしゃべり」と「話し合い」の違いは何か?

それを解決するためには
そもそも、何のために話し合っているのでしょうか?
ということから始まると思います。


僕は
1いろんな価値観や考え方に触れるため
2何かをまとめるため
3わからないなどの問題を解決するため

だと思っています。

これらのために話し合っているとするならば

話し合っている行為の最中に
「今どんな感じなの?」
「何か困っていることは?」
「何の話をしているの?」

と聞かれたときに、それなりに答えられないと
いけないのではないかと思います。

だって、わからないから話し合っているのに、困っていることを答えられないなんて。
自分の言葉でいいから、話してほしいものです。


答えられない場合は、それは「おしゃべり」だと


何に困っているかを話せるようにするには
話し合いの過程が可視化されていることは大きな要素です。
見えるって、ここで困っているってわかりやすいですからね。


なので、ファシリテーショングラフィックをすること
さらに学びや迷いを残しておくためにも自分のノートに。

これが大事なんだろうなって思っています。



僕流の話し合いの見分け方。
今のところの僕はこんな感じですが、
これよりステキな見分け方があれば、ぜひ教えていただきたいです。