うみをあるくえかきびと

小さな振り返りノートの積み重ねから気づいた大きなスケッチブック。今のところの考えをつれづれなるままに。

一斉授業と「学び合い」

友達が「学び合い」というものを実践しているらしい。

それはものすごくいいものだ。
授業で感動できると

それだけ聞くとものすごくいいもの聞こえる。

ただそれだけで自分がやってみようと思ったら
新興宗教に引っ掛かりやすい人と同じだ

「学び合い」には
柱となる3つの考えがあるようだ。

第一は、「学校は、多様な人とおりあいをつけて自らの課題を達成する経験を通して、その有効性を実感し、より多くの人が自分の同僚であることを学ぶ場」であるという学校観。

第二は、「子どもたちは有能である」という子ども観。

この二つの考え方から、「教師の仕事は、目標の設定、評価、環境の整備で、教授(子どもから見れば学習)は子どもに任せるべきだ」という、第三番目の授業観が引き出される。

この三つの考え方によって一貫して展開される授業が『学び合い』の授業である。

ウィキペディアより)

これによって教師の仕事

明確な課題設定をすること
机間指導によりいい発言を表舞台に引き出すこと

であると今の時点での
自分の考え

その形がどうであれ
そんなに教師のやっていることは
一斉指導と変わりない。

目標としていることはどんな授業でも
そこなんだと思う。

だれかもっとも典型的な「学び合い」の授業をやっている人に

利点だけではなく
冷静に見て欠点を教えてほしい。

そうでなければ、
その考えに凝り固まって

一生進歩のない人間になってしまうような気がする。